彼岸においでになる我が君よ。
此岸より文をお送りすることをお許し下さい。
貴方様は覚えておいででしょうか。
貴方様が私の手から零れた恋文を読んで、
大層満足げに微笑まれていたことを。
それらが全て届かなかった、否、届けなかったことを承知の上で。
故に。
また我が君に読んでいただけるように、
また書こうと思うのです。
届かなかった恋文を。
届けなかった恋文を。
お手に取り、どうぞご笑覧くださいませ。
次の文は決まっているのです。
我がいとし子の事。
我がいとし子。
そう、我夫(わがつま)の事で御座います。
あの子は、愛された子でした。
色んな人に愛された子でした。
けれど、人一倍苦労した子でもありました。
愛された子故に、その苦労も思い出になったようですが…。
苦労の割に、光差す方へ、光差す方へと歩いておりました。
暗がりを好んで、陰から陰へと動く私とは正反対に。
それを呼び止めたのは、確かに私で御座います。
最初は、ほんの気まぐれに過ぎませんでした。
光差さぬ道もあるのだと教えたくて。
その結果、絆されたのも私。
あの子が、一生懸命に応えてくれたから。
光差す方へ一緒に行こうと、強請ってくれたから。
あどけない子供のように、私の手を引いて。
明るい方に行こうと。
だから、私はあの子を夫にしたのです。
陰へ陰へと動く私は変わりません。
結婚しようと、どうしようと、この陰が私の生きる道なのですから。
けれど、それが前程は辛くないのです。
あの子が光差す道を往くのなら、その陰の道を私が往くのです。
互いの足裏を踏み締めながら、同じ方向に向かって往く。
我がいとし子は陽の道を。私は陰の道を。
夫婦で陰と陽を踏み締めながら。
さあ、どうぞ御笑覧あれ。
ええ、我が君。
我夫は、この様な漢なのですよ。
お気に召して頂けましたかしら?
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