2018年7月3日火曜日

届かなかった恋文を【彼奴めの話】


彼岸においでになる我が君よ。
此岸より文をお送りすることをお許し下さい。

貴方様は覚えておいででしょうか。
貴方様が私の手から零れた恋文を読んで、
大層満足げに微笑まれていたことを。
それらが全て届かなかった、否、届けなかったことを承知の上で。

故に。
また我が君に読んでいただけるように、
また書こうと思うのです。
届かなかった恋文を。
届けなかった恋文を。

お手に取り、どうぞご笑覧くださいませ。



次の文は、義姉弟と契りを交わした弟分の事。


本日は少々伝法な、またおきゃん…いえ、
少々蓮っ葉な口になるやもしれませんが、どうぞ御目溢しを。
いえね?どうしても彼奴めの話になりますと、
そういう口が出るもんでして、ハイ。
彼奴(きゃつ)めと知り合いましたのは、
あたくしも彼奴めも十九の歳に御座いました。
当時はメールフレンド募集掲示板なんてものが御座いましてね?
そこで知り合ったのが彼奴めで御座います。

「講談師見てきたような嘘をつき」とは申しますが、
あたくしも奴に対してそれをやったってえな口でして。
お互い読書が好きだったんですがね、ええ。
ですがね、どうにも趣味が合わない。
あたくしが好きなのは、アガサだ、横溝だ、江戸川乱歩だなんて。
所謂「推理小説」と言われる奴だ。
ところがどっこい彼奴が好きなのは京極夏彦だ、なんだかんだと、
まるっきり趣味が合いやしない。

それじゃあしようがねえってんで、あたくしの方から歩み寄っていったわけです。
ただねぇ、あたくしもまるっきり読んだことのないもんだからね?
想像で話すしかないわけだ。
こりゃ下手打ったかなと考えちゃあいたんですがね?
ところがどっこい何が上手いこと行くかわからねえもんですな?

「その想像力と度胸が気に入った」
と、こう来たわけですよ。

さあそれからお友達としてお付き合いを始めたが、
妙にウマがあうんだ。これが。
よくよくもって話を聞いてみると、
同年の生まれは知っちゃあはいたが、誕生日が一日しか違わない。
あたくしが七月の三十一日、彼奴が八月の一日ってなもんだ。
彼奴が面白がってね、「姐様(あねさま)」なんて呼ぶもんだからね?

「ようし、じゃあテメェは今日からアタシの弟分だ!」

今生で、生きてる内は義理の姉弟と定めたのが、
出会って一年も経たない内。
手前が北海道、彼奴が東京だったもんで、杯こそは交わしちゃおりませんがね。

会う機会もないままに、付き合いだけは続いていき、
互いに迎えた三十路の手前。
ひょんなことから会うことになった。
彼奴の夢が叶い、世話になった御仁に挨拶周りの途中。
たまたまアタクシと会うことになりましてね。

ならば一晩語り明かそうぞと、
宿は同じ部屋を取った……のが事の起こりで御座います。

年頃の。
男と女が一部屋で。
「武士は食わねど高楊枝」なんて殊勝なこともなく。
うっかりと踏み入れたるは同じ閨。
くんずほぐれつしっぽりと。
更けゆく夜の甘さかな。

ところがね、お互い途中で気付いちまった。
褥自体は甘くとも、とんと心が通っていないと。
理無い仲には成れぬであろうと。

次の日の朝には、そんな甘さは雲散霧消。
互いに親友の面で、義理の姉弟の面で、観光を敢行したわけ。

その後は、互いに理無い仲の異性が居ないときにだけ、
乞われる侭に、乞う侭に、彼奴めの耳元で甘く鳴いておりましたが、ね?
それでも終われば無二の親友。

互いに伴侶を得た今では、旧友としてのお付き合いを。

ただね、もう一回でいいんだ。
もう一回だけでいいから。

昔やったように、
彼奴めと本気で言葉での殴り合いをしてみたいもんですよ。
昔の勝敗?
彼奴めに勝ったのは数回といったところ。
負け星なんて数えたくもないね!

今なら引き分けにもってけそうなんですけれどねぇ?


ん?これっぱかりも恋文ではない?
そりゃあそうですよ。
彼奴めはね、あたくしに言ったんです。

「姐様と一緒に地獄に落ちるとしたら?馬鹿な事を聞くんじゃないよ。
きっぱり獄卒に言うよ。『チェンジ!』って!」
「そっくりそのまま熨斗付けて返してやらぁ!」

そんな二人ですもの。
そんな口論を、誰憚ることなく出来る間柄ですもの。
甘いモノなんて、ねぇ?

笑って頂くことは、出来るでしょうけれど!
さぁ文字通り、御笑覧あれ!